黒色のーと

日々、学んだことを書いていきます。

誰かの切符

それは正月のことだった。

「文才ありますね!思わず引き込まれて読んじゃいましたw」・・・友人から届いたそんなLINEが始まりだった。

 

毎年、正月は多くの友人から「あけましておめでとう!」とLINEをもらう。

「あけましておめでとう、今年もよろしく」・・・いわゆる、「あけおめことよろメッセージ」である。


それ以外の文章は何もなくて、それしか書いてなくて、大体の友人がそんな感じ。

「これってもう送らない方が良くない?」とか思ってしまう。

 

人によっては文字をフリップ入力するのも面倒なのだろう。

「あけおめスタンプ」と「ことよろスタンプ」の2回のタップだけで終わらせている場合もある。

 

そりゃあ送ってくれるだけで嬉しい。

忙しいとも思う。

・・・けれども、それを自分でするとなると、どうしても味けないと思ってしまう。

 

便利になるというか、、

効率化されるというか、、

無駄を省くというのは良いことだけど、

新年の挨拶に限っていえば「おいおいちょっと省きすぎじゃね?」とツッコミを入れたくなる。ボクだけだろうか、この違和感。

 

これから先、10年後ぐらいにはには「あけおめ」の4文字すら入力が面倒になり、「あ」だけの1文字になるんじゃないかと危惧してしまう。

 

そんな悲しい未来が到来するのだろうか。

ボクは時代の流れに逆らうが如く、1つの決心をした。

「自分らしい味のある新年あけおめメッセージを書こうじゃないか」

 

・・・

 

そうして書いた新年の挨拶。

これが友人の心に届いたらしい。

友人は「文才がある」と褒めてくれた。

 

そして、その言葉が嬉しくて。

気づいたら「鹿児島 文章教室」で検索しているボクがいた。

 

そうして文章教室の見学に行ってみた。

6人の方々がにこやかに出迎えてくれた。

優しい声で質問してくれる。ボクを知ろうとしてくれる。一瞬で仲間ができた気分だ。

 

文章教室は、それぞれ自分が書いたエッセイを持ち寄り、朗読し、みんなで感想を話し合い、最後に先生が文章の書き方や表現を添削してくれるという内容だ。

メンバーの皆さんは50歳以上の方々。

大先輩ばかりだ・・・そう思ったのは言うまでもない。

 

この文章教室はすごく面白かった。

ボクの日常ではこの年代の方々と話すことがない。

それだけで新鮮なのだが、その方々が書いたエッセイを読むとまた面白い。

旦那さんの仏壇、家のリフォーム、年齢から来る身体が上手く動かないなど・・・、その年代ならではの内容ばかり。

 

そして、言葉の言い回し、使い方、タイトルの付け方。

学ぶことばかりだった。

世の中には面白い文章を書く方がたくさんいるもんだ。

もっともっと文章を学んでみようという気持ちが強くなった。

 

「文才がある」という友人の言葉。

思い返すと文の世界へと走る列車の切符だったんだろうなと思う。

文章教室はこの切符を手に入れたから見えた行き先だった。

 

言葉って大事だよな、本当に。

それが誰かの「切符」になることもあるから。